歌う

歌うとは何なのだろう。
私は、歌うとは告げることだと思っている。
話すことだ。だから、"話してはならないこと"がある時、どんなに望まれても、積まれても、歌わない。
誤解を招くのも後々その"話してはならないこと"に掠り出すなら、やはり、歌わないことだ。この世には名探偵が多いから。

疲れていた。伏せっていた。
それ以外、屍だった。
丁度良かった。体は動いた。
働いて働いて働いた。
楽しかった。
単に、澂に、人のために生きることは苦痛を忘れさせる。没頭、没入、天職である。
だけど、己の話はしなかった。
歌はことさら、歌わなかった。

歌が上手かったからここまで来たが、歌が上手かったせいでこんな生き物になった。人は言う。羨ましいと。人は言う。ずるい、と。
だから伏せっていた。だから疲れていた。そんなこと、本当は、知るかって言うんだ。なのに、ごめん、と眉が下がってしまう。甘すぎる、優しい、弱い自分。
つけこむように黴は蔓延する。
汚い埃は溜まる。

そうしていたら、一羽の鷲が、
燕の手紙を運んできた。

だから私は歌う。
6日後に。
手紙は五文字だけだった。
勇気になった。
わかったんだ。
勘違いでも、信じている時間が必要なんだと。民の竈がなんと揶揄しても、それが勘違いでも、真実が黒鳥でも、白鳥として愛でるのだ。これが一番、私にとっての治療。
だから歌う。すくむ脚を想像して、歩けさえしない気がして、震える。
それでも、フロアに入ろう。
杖でもいい。這ったって、いい。
守りたかったものたちはほとんどが死に絶え、また、ここにいない。知らない国で知らずに生きている。いつだって、そばにいなくなった者へ、人は愛を歌わずにはいられない。そんなふうに造られている。

話さなくても歌えるのだと、実証したいと思う。訳などは未知のまま、他者の誤解を招いても、名探偵が騒いでも、私は。

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